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ブルー・オーシャン戦略 – 競争のない市場で差別化と低コストを同時実現

更新日:2019年10月10日




伝統的なポジショニング(他社と自社の違いを顧客に認知してもらうこと)について、マイケル・ポーターの差別化戦略とコストリーダーシップ戦略が有効なものとして広く使われてきました。差別化戦略は、自社が顧客に提供する価値を他社のそれよりも高めることで、自社の競争力を高めるというものです。また、コストリーダーシップ戦略は、事業の規模拡大等を通じて自社のプロセス効率化を推し進め、他社より低コストにて商品/サービスを提供することで競争力を高める戦略です。一般的にこれら二つの戦略を同時追求すると結局、どっちつかずの中途半端な立ち位置に陥り、ポジショニングは失敗すると信じられてきました。しかし、ブルー・オーシャン戦略によってその常識は覆されます。




レッド・オーシャンとは




キム&モボルニュ(2015)は、市場を競争の激しさに応じて、「レッド・オーシャン」と「ブルー・オーシャン」に分類しました。レッド・オーシャンでは、市場内で多数の同じような事業が同じように展開され(コモディティ化)、血を血で洗うような激しい競争が繰り広げられています。例えば、大手携帯電話キャリアはいかに他社より付加価値の高いサービスを提供しようかと、顧客にとって価値のある(と信じている)様々な高価なオプションを考案し、差別化を図ろうとしています。一方パソコンメーカーは、他社を出し抜くために、低価格で部品を調達し、人件費の安い地域に製造を委託し、組み立てプロセスを効率化することで、いかに安価なパソコンを提供するかで躍起になっています。レッド・オーシャン内での競争は一定のルール(業界の常識等)に沿った、食うか食われるかのゼロサムゲームですので、他社と比較して、どれだけ自社の商品/サービスが優れているかをアピールし続ける必要があります。結果、市場内の企業はみな業界内の“ベストプラクティス”に寄せたビジネスを展開するので、似たり寄ったりの商品/サービスがあふれ、結局は差別化も低コスト化も限界が訪れます




ブルー・オーシャンとは




他方、ブルー・オーシャンにおいては、「競争をする」という概念から解放されます。なぜなら、既存の市場の境界線を再定義し、同時に誰も競争相手のいない市場を創出してしまうからです。ブルー・オーシャンを堪能する企業は、競合他社をベンチマークとしません。いかに、いままで無視されていた顧客の効用(満足度)を最大化し、いままで実は効用をもたらしていなかった無駄な“付加価値”を取り除いてコストを削減するかに注力します。つまり、他社の類似品とではなく、過去の「自ら提供する商品/サービスが顧客にもたらす価値」との競争が始まるのです。ブルー・オーシャンでは、過去における非顧客が顧客に変わり、かつ、自社がその顧客を満足させられる唯一無二の存在になるため、驚くべきスピードの事業成長が見込めます。では、ブルー・オーシャンへはどのように漕ぎ出せばよいのでしょうか。




ブルー・オーシャンを創造する




キム&モボルニュによると、市場の“青さ”は、「戦略キャンバス」を描くことによって分析することができます。戦略キャンバスは、横軸に顧客が享受できる付加価値(または直面する障害)の要素をとり、縦軸にその付加価値(または障害)の定性評価(高・中・低)をとるグラフで表されます。実際に、ブルー・オーシャンを創出したヘアサロン、QBハウスの戦略キャンバスを見てみましょう。




図表1 QBハウスの戦略キャンパス

出典:キム&モボルニュ(2015)p.128を一部修正




QBハウスは、「“10分の身だしなみ”を叶えるヘアカット専門店」です(キュービーネットホールディングス株式会社, 2016)。1996年に初代店舗が登場し、執筆時現在(2019年10月)、日本に約560店舗、海外に約130店舗を展開しています。他の理美容所と異彩を放つのは、その手軽さです。カラーリング、シェービング、シャンプー、ブロー、パーマといったオプションをすべて排除してカットのみに特化することで、通常1時間程度かけて行われる美理容サービスを10分に短縮しました。そうすることで、カット料金3,000~5,000円が業界相場だったところ、1,200円での提供を可能になりました。カット専門のため店舗サイズがコンパクトになり、駅構内など、非常に便利な立地に店舗を構えることができます。そして、低価格ながらもシンプルなサービスで回転率が上がり、時間当たり売上高が大幅に改善しました。従来型の美理容所が似たり寄ったりのサービスを提供し、競合を出し抜こうと高額な報酬でトップスタイリストを雇ったり、店舗の内装を豪華にするために多額の設備投資をしたり、ビラや広告等に多大なコストをかけたりして市場が泥沼化している間に、QBハウスは誰も競合相手がいなく、低コストでかつ顧客に非常に価値の高いサービスを提供できる、ブルー・オーシャンを堪能していました。




図表1のとおり、QBハウスの描く曲線(価値曲線)は一般的な美理容所のそれとはまったく別の形をしています。従来型の競合相手が、同じような価値しか提供していないのを尻目に、完全に新たな価値を顧客に提供しています。これが「ブルー・オーシャンを創造する」の意味するところです。ただ単に、既存の付加価値をコストをかけて高めるだけでは、レッド・オーシャンを脱出することはできません。価値にかかわる要素を「増やす」「付け加える」だけでなく、「減らす」「取り除く」ことをしない限り、ブルー・オーシャンを発見することは極めて困難でしょう。




図表2 4つのアクション

出典:キム&モボルニュ(2015)p.78を一部修正




QBハウスは、価値要素のうち、「待ち時間やカット時間の短さ」という要素を“増やし”、オリジナルシステム「エアウォッシャー(カットした髪を吸い取る装置)」や「駅ナカ店舗」といった従来にはない特徴を“付け加え”て、顧客に提供する価値を強化する一方、顧客が実はそれほど重視していなかった「予約」を不要にし(“取り除き”)、「サービスの幅」をカットだけに“減らし”、効用を下げずにコストと価格を引き下げることに成功しました。ビジネスモデルが従来のものと根本から違い、売上単価が下がるため、既存の美理容所はこれを魅力的であるとも、ましてや模倣しようとも思わないでしょう。このブルー・オーシャンの価値を正しく認識し、そこに参入し恩恵をあずかりたいと考える新興企業が現れるまでは、ブルー・オーシャンの創造主は、自ら作り上げた新市場の独占という報酬を得ることができるのです。




ブルー・オーシャン戦略の罠




新たな市場を創造するという「ブルー・オーシャン戦略」は、このように非常に魅力的に映ることでしょう。しかし、その本質を理解しないまま闇雲に適用すると、レッド・オーシャンで血を流しながら激しく争い続けるよりも、破滅的な結果を迎えるかもしれません。ブルー・オーシャン戦略を適用するにあたって留意すべき点をいくつか考えてみましょう。




<価値要素とその定性評価の主観性>




戦略キャンバスを作成するにあたって、顧客が重視する価値要素は何かを判断しなければなりません。さらに、価値要素を設定した後、その定性評価をした結果が価値曲線です。つまり、価値曲線には二重の主観性が含まれています。この設定を誤ると、まったく無意味な戦略の策定につながってしまうおそれがあります。顧客や従業員同士でディスカッションしながらすり合わせていくという方法が手っ取り早そうですが、はたして顧客や従業員は、何が顧客自身にとって価値ある要素なのかを正確に把握することができるでしょうか。また、既存の商品/サービスの枠組みにとらえられ、特に「付け加える」「取り除く」といった発想が生まれにくくなるかもしれません。この問題を解決するには、例えば、「ジョブ理論」による仮説設定や「リーン・スタートアップ」による効率的・効果的な試行錯誤、といった考え方を取り入れることも視野入れる必要があるでしょう。




<非顧客層をどう取り込むか>




ブルー・オーシャン戦略では、市場の境界線を引きなおし、既存の顧客のみならず今まで何らかの要因で非消費の状況にあった潜在的顧客までをとらえることで、その真価が発揮されます。ただし、誰が非消費の状況にあるのか、そもそもその非消費の状況とは何なのか、その答えはしばしば業界の常識の外側にあることでしょう。これを見出すことは、レッド・オーシャンさなかの市場プレイヤーにとっては困難を極める課題でしょう。やはりここでも、「ジョブ理論」や「リーン・スタートアップ」をまず試してみる価値があるかもしれません。




<模倣可能性>




ブルー・オーシャンは莫大な利益をもたらすため、後進の企業家たちはだまって見逃してはくれません。参入障壁が低いブルー・オーシャンは、すぐに赤く染まっていきます。価値曲線が従来の形とあまりにも違う場合は、その心配はすぐには訪れないでしょう。しかし、どんなブルー・オーシャンもいつかは必ず赤く染まることを、歴史が証明しています。キム&モボルニュは模倣の壁を「整合性の壁」「意識や組織の壁」「ブランドの壁」「経済や法規制の壁」の4種類に分類しました。これらの壁の高さを意識しつつ、しかるべきタイミングでブルー・オーシャンを再創造しないと、持続的な事業成長を見込むことはできません。




※当記事は、下記の文献を参考に、個人の見解を掲載したものです。




参考文献(外部リンク)



キュービーネットホールディングス株式会社. 2016. ブランド紹介. [Online]. [Accessed 2 October 2019]. Available from: http://www.qbnet.jp/brand/




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